試験ラッシュがひとまず終わったことで随分気が楽になったのか、この一週間はちょくちょく本を読んでいます。ここ数ヶ月は読む時間がなかった、というより、本を開いてみるものの全く文章が頭に入ってこなかったんだ(@@;)何であんなに、読めなかったのかなあ。文字におもりがついてるみたいだったんだよ!
ま、それはともかく。昨日今日で読んだ本がとても面白かったので、久々に読書感想など、書いてみます。残りは、追記に。
今日読んだのは、、ちょっと前の日記にも書いた、「詩人たちの絵」(窪島誠一郎」(平凡社ライブラリー)。戦没画学生の絵を展示してある「無言館」の館主さんが書いた、詩人の生涯と、作品論・・・みたいなの。扱われている詩人さんは、立原道造、宮沢賢治、富永太郎、小熊秀雄、村山槐多の五人。富永太郎と小熊秀雄は、初めて聞く詩人さんだなあ。
「詩人たちの絵」というタイトル通り、それぞれの詩人の書いた絵画作品がカラーでたくさん出てくるんだけど、その中でも立原道造と宮沢賢治の絵に、とっても惹かれた。
宮沢賢治の絵は「月夜のでんしんばしら」と「ケミカル・ガーデン」が好き。無骨な顔で月をバックに立つ電信柱の顔は、ちょっと本人に似てるかも。「ケミカル・ガーデン」は、まつげの生えた意地悪そうなお月様がいる。空が割れて、様子を伺う青い顔がおかしい。でも地面からは死体なのか空気なのか、何者かの手が生えていて、ああ、メルヘンだなあ、と思う。可愛いだけじゃないという意味で。
表紙にもなってる立原道造のパステル画は、甘くてにぎやかで可愛い。たくさんの色が、まぶたの中でゆらゆらとする。でも、持続しないにぎやかさがそこにはある。お祭りの最中を描いているのに、その終わりが透けて見えるような、寂しい感じ。こういう絵、大好きなんだ。
何枚もある作品の中で「二匹の魚」という作品が特によかった。ピンクの魚と水色の魚が、ほわんと光って泳いでいく幻想的な絵。色も、お魚の顔も好きなのだけど、よく見ると魚が「二匹」じゃないのね。右下の離れたとこに小さな魚が、もう一匹。それがやけに印象的なの。
そして立原道造は、絵だけじゃなく、詩もとても好みかも、と読みながら思った。(この本、絵だけじゃなくて、それぞれの詩作品もちょこちょこ入っているのです。)「森ぐらし」という詩が収録されていたのだけど、これが何だかものすごく琴線に触れたのだ。中でも「森ぐらし」のラスト五行。泣きそうになった。ちょっと引用。
虹を見てゐる娘たちよ
もう洗濯はすみました
真白い雲はおとなしく
船よりもゆっくりと
村の水たまりにさよならをする
(森ぐらし/立原道造 『詩人たちの絵』p.37より引用)
この「森ぐらし」はこれ以外の部分もとても好きなのだけど、特にここ。読んだ瞬間鮮やかに「娘たち」の後姿や、雲の前にある洗濯物、虹、が脳裏に浮かんで、猛烈に切なくなった。風景に託された感情に弱いのかなー。どうなんだろう。
この人の詩は、とても情熱的な、でも控えめなスケッチという気がする。目の前(あるいは過去)の風景をものすごく愛しながら描くのに、その世界の中に自分がうつり込まないように、細心の注意を払ってる感じ。強烈な憧れと寂しさが、読んでるほうにも伝染する。
立原道造は、筆者にとって「初恋」のような詩人さんらしい。だからかな、他の詩人の記述もよかったけど、この人の作品論が最も印象的でした。注がれているあたたかい眼差し(だからといって、贔屓の引き倒しになってないところが良いなあ。好きな作品についての論考って、その辺の加減が難しそう。)に、こちらまで優しい気持ちになった。この詩人に興味が湧いたのは、筆者の恋心(?)がうつっちゃったせいもあるかもしれないな。
ああ、だらだら長くなっちゃった。ともかく、詩&絵の作品論としても、それぞれの詩人の伝記のようなものとしても、楽しめる一冊でありました。
あと、言葉(というか詩?)と音楽と絵画の血縁関係みたいなものについても、考えさせられる。ここに出てる五人がたまたまそうなのかもだけど、「この詩を書く人がこんな絵を!?」という意外性はなかった気がする。むしろ、さもありなん、言葉が絵の具に変わったのね、という印象を抱いた。でもこれは読む人によって違うだろうなあ。
創作好きな人は、それぞれ色んなことを考えながら読めるかも。勝手におすすめ、なのです。
本日のどくしょかんそうぶん、おわり。次は「ひな菊の人生」を書きます。忘れないうちに、時間があれば!
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