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ここのところ、家でも外でも人間の攻撃的な面を目にする場面が多くて凹み気味だったのだけど、今日も少しばかり、嫌な言葉を耳にしました。
それは、「使えない」ってことば。
この言葉ね、バイト前のスタバで、隣の席のおじさん二人が、そこにいない同僚のことを話すのに盛んに使ってたのです。聞くたびにぞわっとして、どんどん気持ちが沈んでいくのがわかった。なんていうのかな・・・人間的な温度がない、絶対的な切り捨ての言葉みたいな気がして、ものすごくいたたまれなくなった。「使えない」。これって人間に使う言葉なのか?何だか壊れた部品に言ってるみたいだ。そんなに何度も何度も、嘲笑するような口調で言うのやめて・・・。しまいには、逃げるようにその場を後にしたのでした。
話題にされていた人がどんな人かはわからないし、実際周りの人が腹を立てるにはそれなりの理由があるかもしれないので、本当は非難する権利なんて、私にはないのだけれど。ましてこういう言葉に過剰反応してしまうのは、いわゆる有能な人間に対する私自身の強烈なコンプレックスがあるためなのは自分でもわかっているし。
だけど、この先どういうお仕事をすることになっても、どんなに他人を非難したいときでも、この言葉だけは、使わないようにしよう。覚えておこう。
(あ、あと「空気読めない」という言葉もきらいです。悪しき右ならえ主義というか、強烈な団結主義を反映した排他的なことば。薄気味悪い言葉。)
そんなこんなで、暫くご無沙汰してた「ニンゲンコワイ」的心境に陥りかけた私ですが、バイト先で借りた「装苑」で綺麗なファッションやアートを眺めたり、音楽を聴いたり、あと、自分が好きな人や物のことを呪文のように思い出すよにしたら、どうにか気分が上向いてきました。
やれやれ、世話が焼けます。我ながら。
人間の善良さや優しさなんてものは必ずしも信じることはできないけれど(もちろん、全く信じていないというわけでもないのだけども)、少なくとも私は、人間の創造性やその手が作り出すものの美しさはまだ信じているのだなあ、これを信じている間は、まだ「それでも私は人間嫌いじゃないよ」って言えるかなあ、なんて、いささかスピリチュアルっぽいことをしみじみ思ったりする、真夜中なのでありました。