久々にちょこっと感想を書きとめておきたい(と言っても、大していいことは書いてないのですが)本を読んだので、読書日記、復活です(そんなことしてる暇があるなら返事を書け!という気もするんですが・・・ごめんなさいごめんなさい><)
今日読んだのは、「北原白秋青春詩歌集」(三木卓・編 講談社文芸文庫)。いつも思うけど、この文庫シリーズは他の文庫に比べてバカみたいに高いよ!そんなに分厚くもないのに、1200円。帯に「毎日出版文化賞の栄誉に輝く」なんて書いてあるのだけど、それはいいから安くして・・・。
そんなことはともかく感想は、追記に。
北原白秋の本をはじめて読んだのは、大学のとき。大学図書館の書庫にあった「桐の花」の本がとてもいい感じに古びていて、うっとりしながら読んだのです。
その時の風景とか自分の中にあった気持ちとかがやけに鮮明だったので、本屋さんでこの本を見つけたとき、中に「桐の花」が収録されている!というだけで購入。で、読み始めたのだけど・・・
私は大変な失敗を犯しました。途中でね、あとがきの白秋さんのドロドロな恋愛事情を読んじゃったのだなー。三木卓さんが書いたそれは、なんというかあまりにもメロドラマな世界で(やや、白秋の相手の女性に対してアンフェアとも思える書き様だった)、それを踏まえて読むと、桐の花もそれ以降の作品も、あまりにも具体的な愛と妄執の世界に思えてしまうのです・・・(涙)。
この人は花見ても夕日を見ても鳥の声を聴いてもめそめそしちゃうのだなあ。しっかりしてくれよ白秋さん!なんて、ちょっぴり苛々しちゃうワタクシ。もちろん、文体自体は綺麗だったり哀切だったりで魅力的なんだけど、それがうまく普遍的なイメージと絡むまえに、あまりにも、あまりにも露骨な愛の劇場が脳内に繰り広げられて、ちょっと辛かった・・・。あああ。
「邪宗門」「思い出」に収められている詩群はもう少し映像的で楽しめたのだけど(なんというか、赤ワインのグラスに映ってるサスペンスを想像する)、こちらもちょこちょこ、白秋さんの思い出話や創作秘話みたいなのが挟みこまれてて、それがちょっと煩わしかったです。若干、ナルシシズムが鼻につくのだ。性の目覚め、或いは得体の知れない恐怖に怯え戸惑う幼き日の自分をものすごく美しい少年として描こうとしてない?なんて思ってしまうの。どうもこう、この人の、苦悩しつつそんな自分にどこか陶酔しているスタンス、というのに、ひっかかる私なのでした。思い出話なんか入ってなかったら、もっと抽象的な世界として思い描けるのになあ・・・。
私は絶対、研究者タイプにはなれないなあ。作品の中に作者の人生を見るのは、あんまり好きじゃないかも。というか、作者の人生、読み手の想像、そしてそれを読んだときの「本の外部世界」が綺麗な三つ編みになってイメージをつくるようなのが好き、なのです。
なんだか悪いことばかり書いちゃったけど、問題の恋愛から抜け出した後の白秋さんの作品こそ、読んでみたいです(この文庫には、恋愛が破綻するところ=青春の終焉までしか収められていないのだ)。また、書店で探してみようかな。
あ、それと、この本に入っている挿絵は、とても素敵です。「暮らしの手帖」とかにありそな挿絵だ。かつて読んだ「桐の花」と同じ絵がちゃんと入っていたのには、感動しました。
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