「三羽の小鳥・その3 レモンスカッシュの国」
最後の一羽は、行き先変更。
(このレモン魚、おそらく高校の時の友人たちには見覚えのある代物。しょっちゅう描いてたもんね。それにつけても、レモンシュカッシュが飲みたいなあ)全国の花粉症患者の皆様、お元気ですか。私はもう、駄目です(滅)。
連日の花粉の猛威(ここのとこ、花粉情報「非常に多い」ばっかり・・・)のせいで、目が結膜炎一歩手前。てか、この充血具合はもう完全に結膜炎な気もする・・・(;;)昨日は目の痒さで、あんまり眠れませんでした。かきむしりたい衝動と、一晩中格闘してたの・・・。今目が赤いのは、寝不足のせいか、アレルギー症状なのか、どっちなんだ!きーっ(癇癪)。
今一番やりたいこと。洗面器一杯に張った目薬(一体何個分くらいあったら、そんなこと出来るんだろう)の中に顔をつけて、思いきりしぱしぱ瞬きすること!気持ち良いだろうなー。あ、ちょっと治まってきた、かも。
・・・やれやれ。あともうちょっとの辛抱だよね、これも。
☆☆☆
今日もひたすら文献読み。ここからちょっと、半自分用メモ。
松岡享子さんという方が書かれた「サンタクロースの部屋 子どもと本をめぐって」(こぐま社)の中に、色々考えさせられることが書いてあった。青年期以降の人生は、ことばを生活で裏打ちしていくことなのではないか、その人その人が獲得した経験によって、それまでに「先取りした」言葉に意味内容を与えていく作業を行っていくのではないかって。
この著者は、本から得た知識で頭でっかちになっている一方で、実体験に乏しいことをコンプレックスに感じていたのだそう。だけど、そのことを卑屈にだけ捉えて落ち込むんじゃなくて、そこから出発してみよう、「本の虫」時代に概念として知った言葉にひとつひとつ、自分の経験から獲得したものを盛り込んでいこう、と思うようになる。
「自分が頭でっかちで、限界のある人間なのは仕方がないんだから、人工的な基盤に立っているなら立っているで、そこから生きてみようと思った」という言葉の重みに、やっぱり「頭でっかち」コンプレックスの私はしばし考え込んでしまった。
そうか、箱に中身を詰めるのは、今からでもいいんだ。というより、私は私なりに、今このときも箱詰め作業を行っているのかなあ。そう思っても、いいのかなあ。
「仕方ない」と割りきること。「そこから」やってみようと思うこと。今一番必要なことかもしれない。欠点に押しつぶされてばかりじゃなく、逆手に取ることだって、出来るかもしれないのね。
本来の目的とは関係ないところで(や、勉強にも役立ったのだけど)すごく、実りのある一冊だったような気がする。ありがたやー。
☆☆☆
本日の一枚。押尾コータローのアルバム。これも私のCDじゃないんだけど、試しにかけてみたら、軽快で、いいじゃないか〜。自転車で出かけたくなる。もしくは、くるくる回って踊りたくなる。
この人の名前、今日まで某俳優さんといっしょくたになってました。「俳優とギタリストの二足のわらじなんだ〜、音楽のほうは随分イメージが違うのね」と思ってた。ごめんなさい、別人・・・(><)