つぶやいたり、描いたり。波に攫われる前の、ほんの一瞬。
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うーむ、これは「海外文学」に入れるべきなのだろうか。新しいカテゴリ作ったほうがいいのかなあ・・・。

最近やっていたバイトで古文漢文を読む機会があって、中国の古典に興味が湧いていたところに家族がたまたま買ってきました、「史記」。あ、字が大きくて読みやすそう!ということで拝借。字の大きさだけじゃなくて、わかりやすく順番を入れ替えていたり、解説をちょくちょく入れてくれているので助かります。



ちょっととっつきにくそう、という先入観を見事払いのけてくれました、この本。面白いぞ、わくわく。



全八巻のうちの、これは最初の一冊め。伝説時代の聖王さまたちや、殷や周の歴史、それから春秋時代の覇者たちの熾烈な戦いの記録です。サブタイトルにはばばーんと「覇者の条件」!なる文字が。ほほう、じゃあその条件なるものを自分なりに考えつつ読もうかな・・・。



伝説時代から、周の歴史あたりまでは、見事に善悪のはっきりした世界でした。良い王様はとっても良い人だし(何せ、人民だけでなく動物まで言うこと聞いちゃうんです!)逆に悪い王様はとーっても残虐でお馬鹿さん。女の人に迷って、諌めた人はさくさく殺しちゃう。困ったものです。

ちょっと横道にそれるけど、この辺って漫画「封神演義」に出てきた時代なのですね。高校時代、随分熱心に読んでいたせいか、太公望だの文王だの武王だのが藤崎竜の絵で浮かんでしまってどうしようもありませんでした(苦笑)。周公旦なんてとっても立派な人なのに(武王やその息子のことをひたすら考えて、王が病気になれば身代わりになろうとしたりするのですよ!)、どうしても、頭の長い細目の変なおじさんの絵でイメージしてしまう・・・。病です。



それはともかく。その次の春秋時代になると、もっと王様や家臣の性格や関係が複雑になってきます。これがとっても面白い(ややこしいけど。同じ名前の王様が、国や時代を違えて何度も出てくるので、頭がぐるぐるしてくる・・・。)。「臥床嘗胆」「日暮れて途遠し」「鼎の軽重を問う」なんかのもとになったエピソードも出てきて、「へーほー、実はこういう意味だったのか・・・」と一人深くうなずいてみたり。

いい線いってても、なかなか最後まで幸せな王様っていないのですよね・・・。驕り高ぶりすぎても家臣が離れてっいちゃうし、かと言って人が良すぎても、あっさり隣国に滅ぼされてしまうし。あんまり美人が側にいても駄目みたい。頭がピンクになっちゃって、子供が可愛くなくなったり、家臣の言葉が頭に入らなくなったりするのだった・・・(それにしても、それほどの美人って、どんな美人なんだろ?)。野垂れ死にしてしまう楚の霊王、死後息子が権力争いに明け暮れて、なかなか埋葬してもらえなかった斉の桓公、敵が布陣を整えるまで礼儀正しく待っちゃって、それが命取りになった襄公(何かこの人、好きだ・・・)など、お気の毒な王様がいっぱいです。勿論、愚かな王様についてしまった家臣も気の毒なんだけど。信義に厚い家臣ほど、道連れで死ななきゃならなかったりするのね。



うーん、覇者の条件。そこそこ野心があって、なにくそ!っていう負けん気もあって(そして上手に、その負けん気を包み隠す能力も必要)、運も味方につけ、さらに切れ者&忠義者の家臣がついていて(本人の才覚より、ブレインの才覚が重要な気がする・・・)・・・。そして、聞くべきときにその家臣の忠告がちゃんと聞ける判断力を備えてること、かしら。あと、どうも礼儀をおろそかにしないことも重要らしい。余計な反感を買わないためにも。

・・・難しいですなー。うーむ。



あ、そうそう。本筋とそれほど関係ないところにちょくちょく出てくる、女性がらみのエピソードが面白かったです。「王様が他国から貰った奥さんと船に乗ってて、奥さんが船を揺らして王様をしつこく怖がらせたのがもとで不仲になって、しまいには奥さんの国が滅ぼされてしまいました」とか、「覇権争いの機会を窺っている太子が、途中で立ち寄った国で娶った奥さんにめろめろになっちゃって、すっかり野心を失ってしまって家臣を困らせた」話、とか(結局この太子は、家臣によって無理やり奥さんと引き離されて、そのとき怒って暴れたりしているのですが、のち立派な王様になるのです。やっぱり家臣は大切!)。血なまぐさい世界に、しばし笑いを運んでくる。権力争いの模様も面白いけれど、こういう小さなエピソードがちょくちょく入ってるのも、「史記」の魅力かも。



うむっ、他の本も間で読みつつ、全八巻、読破してやろうと思います。頑張るぞー。


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100%勉強のために読んだ本。読み物としては、先日読んだ「近代図書館のあゆみ」の本が面白かったのですが、レポートを書く際にはとても力になってくれそうな本だなーと思いました。要点がまとめやすそうな感じなの。



二部構成で、第一部は欧米図書館史を、第二部で日本図書館史を扱っています。あ、序章では、文字と書物の発達についても触れてありました。



第一部。古代と中世の図書館の様子がかなり詳しく説明してあって、嬉しい。他の本では、近代以降に大幅にページが裂かれてて、古代の図書館はあんまり出てこなかったから。高校歴史の教科書を思い出すようなエピソードもちょくちょく出てきて、ここが一番興味を持って読めました。

こんな昔から、目録をつくったりする人がいたんだなあ・・・。あと、ある制度が破壊されて一旦は滅びても、何度も同じような発想をする人が出てくるのが面白い。辿るべきルートというか法則、というのは確かに存在するのね・・・とか、あんまり本編と関係ないことをぼんやり思う。



第二部は、日本の図書館の発達(主に明治以降)がこれまで読んだどの本より、詳細に出ていました。詳細過ぎてちょっと退屈したほど・・・(汗)図書館で利用された本の内訳や図書館建設の模様・予算の推移なんかが年度別に出てくるんだけど、ちょっと数字に弱い私には辛かったです・・・(><)読んでおくべきところではあるのですが。昔の法律の文章がいっぱい出てくるのもきつかった。読むのがね、面倒なんです~。



とはいえ、戦中戦後の図書館員の活躍なんかを読むと、色々考えさせられるところはありました。

「思想善導」のために図書館の規制を図ろうとしたりする政府にあくまで抵抗する図書館員たち。義務教育後の学習のために、本の充実を図ろうとする人たち。この人たちは、人間の中にある、自ら学び、善き者になっていく能力に対する大きな信頼があったのだろうな、と思う。人間の正の面も負の面にも、自分の良しとしない思想にさえも触れた上で、その中から自己研鑚していく能力。同じように(というか、もっともっと膨大な)情報を扱うインターネットの問題が語られるとき、こういう信頼ってあるのかなあ。悪い情報は規制してしまえという人たちも単純だと思うけれど、どの情報を選ぶか、それによってどんな人間になるかはその人の責任でしょ、というのも、なんだか違う気がする。なげやり、というか、人間性の軽視というか。

色んな情報に触れた上で、それらを見極めることが出来るようになれたらいいんだけどね、みんな。幼い者にまでそれを求めるのは、理想主義的と言われてしまうのだろうか。うーん。



・・・だんだんあたまがごちゃごちゃになってきたし、あまり偉そうに社会批判めいたことを書くのが恥ずかしくなってきた(自分の浅薄さを暴露してるような気がする・・・)ので、この本の感想はここまで。

だいぶ昔に出版されたものだけど、現代の問題とリンクしているところの多い本でした。




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はじめて読む作家さん。岡本太郎のお母さんでもあり、歌人・仏教研究家としての顔も持つ、岡本かの子。



ずうっと気になってる作家さんだったのだけど、なかなか読む機会がなかったのです。たまたま図書館でちくま文庫版の全集を見つけたので、即借りる。文庫サイズの全集っていいなあ、持ち運び楽だし。ただし、大学図書館の本は表紙カバーが剥がしてあるのですよね・・・残念。どんな表紙だったのか気になるところ。



さて、全集第一巻は、この人のごく初期の小説集です。後ろの解説・解題を見ると、どうも必ずしも評価が高くない作品が多いみたい(はっきり完成度の低さが指摘してある。後期の代表作と比較して)。けれど、私はこの一巻で、すっかりこの人の魅力にやられました。



収録作は、「ひばりの子」「トシオの見たもの」など童話風の作品から、「阿難と呪術師の娘」「鬼子母の愛」「寒山拾得」といった仏教説話的なお話(戯曲?)、それから、パリを舞台にした短い小説群(息子岡本太郎への溺愛ぶりがわかる私小説風の作品なんかもある。)、と続きます。



全部通して最も好きなのは、一番始めに収録されていた「かやの生立」。旧家でちょっと複雑な家庭の中にいる「かや」という女の子の目から見た、お祖父さん、お祖母さん(実の、ではないんだけど)、乳母の姿。ほのかな初恋。幼いながらも、乳母の感化もあってなんとなく女の性のようなものを理解しつつあるかやの姿が、不思議なタッチで描いてあるのです。一歩間違えると生生しい、とか、どぎつい、と言われてしまいそうなのに、不思議とほんわか暖かい気持ちになるのは何故だろう。全てが、お風呂(小説中に印象的な場面として出てくる)の中の湯気に包まれているようにぼーっとしている。独特の擬音擬態語、会話の効果なのかなー。

哀感のある終わり方も好き。この人のは、かちっかちっとお話の構成があってダイナミックなものより、短編で、途中ですーっとフェイドアウト(?)してしまうラストのもののほうがいい味がある気がした。無意識に、旅の終着点を目指すのではなくて、車窓を眺めて楽しむような読み方をしていた。



仏教系のお話も意外に面白かったなあ(普段は、どちらかと言えば敬遠するジャンルなの)。「鬼子母の愛」は、妙に説得力のある話だと思った。我が子に対する愛と、子供一般に対する愛の違いとか、それがもっと普遍的な愛へと移りかわっていく過程とか。ちょっと頭の中が整理される感じだったかな・・・。

「寒山拾得」は、寒山・拾得のコンビと、若い恋人たちの対比が面白いの。情熱的な娘さん玉蓉が恋人に課す愛は、とってもハードルが高いのです。こんな事要求されたって、そりゃ困るでしょ・・・と、読んでるこちらはやや引いてしまう。案の定困惑する恋人。でも、最後の最後に鮮やかな変化が待っている。「えー!そんなのあり?」と思いつつ、結構楽しんで読んでしまいました。

この人の仏教題材のお話は、他の作品群に比べて豪華絢爛な感じがします。めくるめく世界・・・。万華鏡を見てるみたいな気分になる。不思議だ。





他のも感想、書きたいけど、ちょっと疲れてきたのでこの辺で。次は、歌やエッセイの巻を借りてみようかな。自分で全集集めたいけど、ちょっと財布が、厳しい(汗)。

そうそう、後ろには詳細な解題がついていました。割と専門的な解題で、途中で読むのを止めてしまった。うっかり解釈を限定されそうな気がしたのです。

でも、作品の背景を詳しく知りたい人には良いかもしれない。
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はあぁ・・・と、溜息をつくことしかできない一冊でした、これ。



文芸部の先輩で五歳年上の東文彦に宛てた書簡集。この手紙が書かれたのは、三島由紀夫十五歳~十八歳の三年間です。三島由紀夫十八歳のとき、東は病でこの世を去り、文通も終わりを迎える。手紙のほかに、東への弔辞、東の母への手紙、同じく文芸部の先輩に宛てた手紙も収録。



表紙は十代の三島由紀夫の写真です。晩年の顔からすると「あれ?」と思っちゃうくらい、柔和で可愛い感じのする男の子だなあ。でも同時に、非常に繊細で、考え深そうな印象も受けます。



読み始めてすぐ感じるのは、「ほほほほんとに、十五歳????(汗)」ということ。この文章の完成度の高さといい、表現力といい・・・俗な言い方ではあるけれど、やっぱり天才はちがうのだ、と思わずにはいられない。たくさんの文学批評が出てくるのだけど、これがもう、感性の上にきっちり理屈が乗っていて、読み応えがある(・・・けど、今のワタシのレベルでは、その評の言わんとしてることの半分も、捉えることができてない。)

私の十五歳~十八歳なんて、読書の空白時代だったよ。社会も文学も、私の世界には存在しないも同じだった。そういう意味では貧しい青春時代だなー、今更ちょっと後悔。



何より目を剥いたのは、その語彙力でした。一体どのくらい本読んでたのかなあ、この人。しかも漫然と読んでたわけじゃないんだろうな~。(私も含めて)若い人で、難しい言葉を駆使して文章を書こうとする人は多く見かけるけど、何となく、言葉が上滑りしてるというか、それに振り回されてる感が拭えない場合も結構ある。けれど、この人は、完璧に言葉を自分のものにして、ごく自然に(というか、効果も計算して)使っているのだ。ううむ。

時々手紙についてる詩を見ても、言葉を吟味して、美的効果を計算して書かれてるような印象を受けた。緻密に構図を決めて描かれた絵のような感じ。詩に関しては、必ずしも好みだとは思えなかったけど(ちょっと、ナルシシズムが鼻につく・・・かなあ、と。)、それでも美しいことは間違いない。



東との文学談義は、とってもエキサイティングです。お互いに作品を送って、感想批評を言い合っているんだけど、三島の手紙からは、先輩への深い信頼と(愛情、といってもいいかもしれない。)才能に対する尊敬が溢れている一方で、厳しい批評家としての眼も見え隠れしている。つまらない部分にはつまらない、ということに何のためらいも感じられない。技巧的な注文もばんばんしてある。もちろん、それだけ先輩の才能を買っている、ということの表れでもあるんだけど。

切磋琢磨、というのは、こういう関係においてできることなのでしょう。このひととの文通も、三島由紀夫の文学を高めていったのだろうな~、と、知りもしないのに言ってみる。



最後のほうに収められている弔辞には涙が出そうです。全部通してここが一番好きです。



東文彦の作品集、読みたいなあ。講談社から一度出てるみたい(三島由紀夫の尽力によって)なんだけど、絶版なんだって。



それにしても、この時代の三島由紀夫と、晩年の三島由紀夫がうまく一本の線で繋がらないのは、どうしたわけかしら。勿論、結ぶにはあまりにもこの人の作品を知らなすぎるのだけど、この書簡から見えてくる三島由紀夫は、(政治論とか、社会批判とか出てくるにも関わらず)、文学としての日本は見ていても、社会体制(?)としての日本を強く意識していたようには思えなかったんだけどな・・・。もう少し色々読んでみたいな、とりあえずはまず、「花ざかりの森・憂国」からだけど。
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図書館史の勉強のために読んだ本。どうも勉強関連の本は、読むと眠くなって進まなかったりするんだけど、これは結構すいすい読めた。



本書には、欧米の図書館の成立の歴史やそこに関わった人々のこと、日本の図書館のこと、表現の自由を守るための図書館の戦いについて・・・などが書いてある。特に面白かったのは、図書館に関わった人たちの挿話かなあ。会員制図書館のなりたち、とか。



ベンジャミン・フランクリンというひと、教科書にも出てきてたけど、その時にはただの覚えるべき固有名詞でしかなかった。でも、この本で人を集めてみんなで新しい科学実験をしてる姿なんかを読むと、知識欲と情熱に燃えた、好奇心旺盛なおじちゃん(!)の姿が浮かんできて、とたんに親近感が湧きます。この人たちの集めた本から、また新しい知識や思想が生まれていったんだと思うと、ちょっと気分が昂揚する。志を持った人間が為したことに対する敬意っていうのだろうか・・・。



貸し出しや蔵書の内容についての意見を対立させつつ、それでも協力して立派な図書館を作り上げた人たちや(この辺のかけひきも面白い)、十進分類法をつくったり、司書の専門性を高く重視して司書教育を始めたデューイの話も、印象深い。どうして一人の人がこんなにたくさんのことを成し遂げられるのかしら?不思議でならないや。

気付けば、伝記を読むような気持ちで熱中してしまいました。



最後の章、「表現の自由と図書館」は、一番しっかり胸に刻み付けて置かねばならないところだと思う。「自由の国」(必ずしもこれを信じているわけじゃないけど)アメリカでさえ、政治的圧力によって、ある傾向の本を書架に置かないように強いられそうになったり、図書館員が更迭されたことがあるのだ、ということに衝撃を受けた。もちろん、日本の事例も引いてある。どちらの場合も、図書館員の人の懸命の戦いによって(そして、皮肉なことにそのときの政治の流れの変化によって)、表現の自由はかろうじて守られるのだけど・・・これからも、きっとこういうことはあるのだろうな。今は特に危ないかもしれない。ちょっと、自由にものが言い難い雰囲気あるし。



自分が学び、関わろうとする世界は、こういう問題を孕んでいるのだ、ということ、もし本当に司書という職業を選ぶなら、ひとりしらんぷりを決め込むことは出来ないのだ、ということを痛感した一冊でありました。自覚、欠けていたかもしれないな~。
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