つぶやいたり、描いたり。波に攫われる前の、ほんの一瞬。
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お久しぶりです。生活リズムの激変で、暫く本を読む元気がありませんでした(汗)。



「人間の土地」。「星の王子さま」の作者が、職業飛行機乗りの立場から、自身の経験、友人たちの逸話を哲学的に語った一冊。というか、哲学書って言ってもいいのかもしれない、これは。

表紙と、あとがきに宮崎駿が登場してます。飛行機好きだものね、あの人。



深遠、とか、格調高い、とか、そういう形容詞が浮かぶ本。堀口大學の訳の力も大きいんじゃないかな~(多少、読みにくいところはあるけど。)

読んでると、自分の中の何物かが昂揚していくのがわかる。人間である、ということ。世界との断絶、同時に深い繋がり。遠くで起こる世界の変化のはじまりを、自分の肌が感知したときの喜びが綴られた箇所では、あたかも自分がそれを経験したかのような気持ちになる。うわーって。

本書の中心は、彼と相棒が砂漠に墜落して、奇跡的に助かるまでの軌跡「砂漠のまん中で」という章。そこも素晴らしいけど、私が一番好きなのは「飛行機と地球」。砂漠のまんなかで、見えるのは星だけ。筆者は宇宙の中に放り出され、完全な孤独を楽しむ(ここの描写がほんとうに幻想的で、読んでると酔っ払ったようないい気分になる)んだけど、気付けば自分の生み出した夢想で、その孤独を圧倒してしまった、という不思議な体験が綴られている。自然に敬意を抱きながらも、人間であることの誇りを決して忘れない人。命を愛しているからこそ、多分投げ打つべきときには笑って投げ打つことができる人。



どのページをめくっても、名言がいっぱい。でも、この言葉をたとえば名言集にしても、ちっとも心には響かないんだろうな~。体験と結びついてこその言葉なんだ。





・・・こんな感じで、うっとりと読んだんだけど。ただ一つだけよくわからないのは、これだけ世界を俯瞰することが出来る人が、役人や生活に追われる人々にはやや厳しいということ。軽蔑、だけじゃなくて、寧ろ悲しみの目でもって批判してるんだろうけど、彼が「つまらない生き方」と断じてしまった人の中にも、彼と同じ真理に到達している人、生きる喜びを見出している人はいなかったわけじゃないと思う。そこだけ、やや反感を覚えた。
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青春文芸セレクションというシリーズは、どうも若くして亡くなった作家さんの作品を掘り出してまとめているシリーズのようです。割と知らない名前の作家ばかりで、この人の名前も初耳。

久坂葉子は、今から五十年ほど前、いくつかの作品を残して鉄道自殺してしまった(享年21歳)若き作家。本の帯には、「女太宰」と称された伝説の夭折作家、とありました。

本書には、表題作のほか小説「華々しき瞬間」、自伝的エッセイの「久坂葉子の誕生と死亡」、死の直前に書かれた遺稿(というか、これは遺書と言ってもいいような気がするんだけどな・・・)「幾度目かの最期」を収録。



まず「ドミノのお告げ」。没落していく名家の娘(賭け事が好き)を中心に、肺病で気難しい父、モーツァルトが好きで、これまた病気療養中の兄、繊細だけど屈折してしまった弟、宗教に嵌っている母の姿が描かれる。

読んでまず思ったのは、あ、構成がちょっと「斜陽」に似てる・・・ということ。特に弟の造形が。だから女太宰なのか、と単純に結び付けちゃいけないけど。

母親のキャラクターは、たまたまこないだ読んだ「貴族の階段」の母親を思い出させた。

正直、他の作品に比べると私の中での印象は薄かったです。けど雰囲気はちょっと惹かれる。日々生活が破綻に近づいている焦りを、頭の中では誰もがものすごく感じていながら、どこかでゆったり構えている。それは危機感が欠如してる、というより、破滅をゆっくりと待っていると言ったほうが正しいのかも。急流に落ちる直前に、ほんとは気が狂いそうに怖いのに笑って優雅に泳いでいる感じ。読んでてじわじわ怖い。



ラストがなんというか、うーん。最後二行がちょっと、邪魔かも・・・。



「華々しき瞬間」。こちらは、いくつもの顔をもつ女、南原杉子をめぐる人間模様。四作で一番、面白く読んだ。彼女は、他人の仮面を暴くために、いくつもの仮面を装っているような女性なんだ。仁科六郎、という男と恋をするために、彼女は「阿難」という人格を自分の中に意図的に作り上げるんだけど、次第に余裕を失っていき、ついには阿難を押さえておくことができなくなってしまう。

理性の勝った文章だなあ。何だろう、びっしり文字がつまってる感じで、ちょっと息苦しいなあ、なぜ?と思ったら、やたら会話文の連続と、登場人物の細かい心理説明が多いんだ。それも面白さと言えば面白さ、なのかな。



「名前」の持つ魔力。ある感情、ある立場の時の自分の態度に名前をつけてしまうことは、その感情の制御を放棄して、一人歩きを許してしまうことなのかも。

あ・・・「ゲド戦記」思い出すよ、名前と言えば。



心理ミステリーみたいなところが飽きない(だからこそ、やっぱりラストはちょっとがっかり)。南原杉子は理性を持った主人格のようなんだけど、時々、それすらも作られた人格なのではないかと思うときがある。妙に、客観的に自分のことを分析する場面があって、そういうときは、また違う人格が彼女を見ているような印象を受けるから。

本当はどれも真っ黒な虚無から生まれてくるのかもしれない。虚無、という言葉の意味とは矛盾してるけど。今こうして考えている自分は、何者でもないかもしれない、という恐怖感を覚える。足元ぐらぐら。



「久坂葉子の誕生と死亡」は、彼女が自分の作家デビューから挫折を自嘲的に綴ったエッセイ。あんまり自嘲的なんで、読んでてちょっと痛い。最後は、作家としての「久坂葉子」(これ、ペンネームです)を自らの手で葬ってやろう、「お前は、ほんとに馬鹿な奴だ」と弔電を打ってやろう、といわれると・・・なんとも言い様がないです。



「幾度目かの最期」。上ので痛い、と言ってた私には、これはちょっと劇薬でした。め・・・滅入った。あまりにもね、恋愛の馴れの果てと家族の問題について赤裸々に書いてあって、辛かった。父への辛らつな批判の箇所なんかは、あんまり人事として読めなかったし。

しかし、子供というのは(自分も含めて)容赦ないと思う。親への分析が。

恋愛について書かれた部分では、ああ、この人は確かに「ドミノのお告げ」の作者なんだなあ、と思った。自分でもどうしようもなく、自分を貶め苦しめるほうに向かってしまう人。はっきり言ってこんな心理は理解できないんだけど、止められない自分を憎む気持ちはよくわかった。



でも、これ、小説二作と一緒に入れちゃうのはどうなんだろう。ネタばれ・・・というか、舞台裏を見たくない人もいるような気がする。あー、モデルがいるのか、経験が下敷きなんだ、と思ってしまうとちょっとなー。うーん。





この人の詩や他の小説にも、ちょっと興味。けど、読むと少々重い気持ちになるのは確かだ。また時間を置いて読もうかな。とりあえず次は、気分の変わるものを読もう。ずーん。
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小澤征良、という人は、ちょっと前に読んだ「ボクの音楽武者修業」の小澤征爾の娘さん(写真見たけど、そっくり)。本書は彼女と家族と大好きな人たちが夏を過ごしたタングルウッドでの思い出を綴っている。キラキラした幼年時代、少女時代と、現在を行き来しながら書かれたエッセイは、エッセイというより、小説のよう。リンドグレーンの「やかまし村」シリーズを思い出してしまうほど、のびのびした子供時代だったんだなあ。家族皆で、映画をとったり、誕生日パーティーをしたり(最初は読んでてただただ羨ましいばかりなんだけど、しだいに読んでるこっとの眼が、征良さんと同化してしまって、まるで自分がそんな輝かしい経験をしたかのような気になってしまう)。そういうところで培われた感性(もちろん、天分のものもあったんだろうけど)は、思いきり瑞々しい。どこが一番好き?と言われたら困ってしまうほど、素敵な言葉がいっぱい!



小学校の時に友達と見た、中庭からの夏の雲(空の低いところにあった)。中学校の帰り道のお墓のコスモス。ブランコの一番高いところから見るグラウンド。私にとっての子供時代の輝きはそういうものの中にあったのだけど、それらを目にしたときのどきどきが甦る本。お腹の方で風船がいくつも膨らんで、泣きたいんだか笑いたいんだかもわからない気持ちを、確かに持ってた頃があるのだ。思い出話は、それを語る言葉が輝いていればいるほど、聞き手(読み手)にも自分の過去を想起させ、語りたくなってしまわせる力があるのではないかなぁ、と、こういう本を読むと思う。



ただ、十六章のうち、殆どの章の終わりは読んでていつも寂しくなった。それは、筆者が子供時代を「遠いもの」「二度と帰らないもの」というニュアンスで語っていたから。そして、多分多くの子供がそうであるように(と、一般化して言うのは傲慢だし、危険だけど)、一番輝いている瞬間の子供時代に、彼女はたぶん、これがいつかは終わるものだ、という予感を持っていたのではないかな、と思ったから。その瞬間が美しければ美しいほど。



けど、ほんとうにそうなのかな。子供時代というのは、重いドアを閉めたら、その後鍵も捨てていかなければならないようなものなのかなあ。時々思い出しても、扉の前で佇むだけのものなのかしら。何だか釈然としない・・・むむむ。



と、もやもやしてたら、最終章でその認識はひっくりかえる。良かった、ほっとした(彼女のために、そして、自分自身のために)。そうだよね、タイトルは「おわらない夏」だもの。子供時代の輝きは、多分失われるわけじゃなくて、その後の世界の美しさを見出していくためのレンズとしていつまでも残るんだと思う。少なくとも、この人にとってはそうなんじゃないかな~。でないとこんな柔らかい文章、書けないと思うのだ。



セピア色にならない思い出があることを教えてくれて、有難う。





蛇足。小澤征爾さん、とても子煩悩だったのですね~。子供の怪我に慌てふためいて自分が怪我してしまったり、寝てる子供の頭をなでていたり、優しきパパ像がそこかしこに出てくる。いいなあ・・・(ぼそ)
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読んだことのある人も多いかな、アーノルド・ローベルの「がまくんとかえるくん」シリーズの一冊。全部持ってると思ってたのに、未読のがあるとわかって買ってきました。

好きなんです!とっても。春になると読み返したくなる。そしてじんわりくる。



「ふたりは きょうも」。不器用で、ちょっとおバカさんで我侭で、けれども親友のかえるくんのことが大好きながまくんと、とてもとても人間が出来てて、(蛙だけど)賢く優しいかえるくんのそこはかとなく楽しい毎日。「あした するよ」「たこ」「がたがた」「ぼうし」「ひとりきり」の五編を収録。くすんだグリーンと茶色でまとめられた絵は、いわゆる「カワイイvvv」というのではないけど、とても味があるの。かえるくんたちの顔もユニーク(服も部屋も気が利いている)。



今回の作品の中では、(どれも好きなんだけど)「ぼうし」と、「ひとりきり」が一等お気に入り。「ぼうし」は、がまくんの誕生日にかえるくんが贈った帽子を巡るエピソード。せっかく贈った帽子は大きすぎて、がまくんはしょんぼり。そこでかえるくんが提案。「今日、君が寝るときに、何か大きいことを考えて寝てごらん。そしたら君の頭が大きくなって、帽子にぴったりになるよ!」えええ!?(笑)がまくんは素直だから、その通りにして眠るのです。すると・・・?



結末を言っちゃうと、帽子はちょうどいいサイズに。どうしてサイズが変わったのか、は内緒。読むと思わずにっこりしてしまう。このさりげなさ、相手に押し付けるところの無さがいいよねえ・・・。がまくんの喜びかたも無邪気で可愛いし。



「ひとりきり」は、突如かえるくんが「ひとりきりになりたい」と言って姿を消しちゃったお話。がまくんは心配でたまりません。岩に一人で座っているかえるくんをみつけて、必死で呼んでみるのだけど、なかなか聞こえなくて・・・。



「かえるくんはぼくとともだちなのに、どうしてひとりきりになりたいんだろ」と悩むがまくんにほろり。何か悩んでるんだ可哀想に、はげましてあげなきゃ!ってごはんを作ったり、ぼくのこと嫌いになっちゃったのかも、もう僕なんかいらないのかも、って不安になっちゃったり。がまくんはお馬鹿な子だけど、こういうひたむきさが可愛くてしょうがない。最後のほうで、ぼくのしたり言ったりしたりしたくだらないこと、全部ごめんね!おねがいだからまた友達になっておくれよ~!って必死で追っかけるところあたりになると、もう目がすごいことになってました。がーまーくーんー!!!(涙)友情、だけでなく、全ての人を思う気持ちに通じる不安や愛情が詰まってて、ここらへんは大人になった今のほうが余計に胸にこたえるのかもしれない(この蛙達と違って、人間、の大人はなかなか、愛情に見返りを求めないでいるのは難しいしね・・・)。ぐすん。



そして、ラストのかえるくんのことばがまた、素敵なのです。これも内緒。ああ、ひとりになりたいと私がときどき思うのも、根っこにはこういう気持ちがあるのかも。というか、あるといいなあ。

一番最後、二人で肩を組んで岩に座ってるシーンとともに「かえるくんと がまくんは しんゆうでした。」という言葉がきいている。どんなたくさんの言葉も、このシンプルな暖かさにはかなわないんだ、きっと。



勢いがついて、「ふたりは いっしょ」「ふたりは いつも」も読み返す。これもまた、良し。今の時期にぴったりなのは「そこの かどまで」(「ふたりは いつも」に収録)だなあ。あれ?「ふたりは ともだち」はどこ?買ってくれば良かった!読んだ記憶はあるのに。



ああ、なんだか幸せ。
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わあ!これがうわさのブログペット俳句か~。「懐かしい 放映すれば 吉右衛門」だって。意味、一応通ってる~(笑)



さて、久々の漫画感想。「ロストハウス」は、ナイーブで可愛らしく、でも思いがけない突っ走り方をする女の子(男の子も)たちのお話、五編からなる短編集です。表題作は、小さい頃、散らかった部屋をいつも開放してくれたお隣さんを忘れられない女の子のお話。これが一番スキかな。他、思わず泣いてしまう「8月に生まれる子供」(突如老化が始まってしまう少女の話)、世界が終わる、と予言した伯母に振り回されちゃう女の子を中心にまわる「ジィジィ」、頑張れ!田舎にユートピアを築くぞ!って奮戦するカップルのお話「青い 固い 渋い」、文通相手の少女と大学生のほんわか恋?物語「クレイジー ガーデン」を収録。



大島弓子。この人は、読むたびいつも吉野朔実と並べて考えてしまう漫画家なのです。どちらも、読むたびに猛烈な憧れと嫉妬にとらわれる一方で、赦されている、という安堵感も覚えるからなんだけど。

だから、購入するときにはいつだって迷う。毎回買って良かった、とは思うんだけどなあ。こんなんだからなかなか集まらないんだ。



嫉妬と憧れ、のこと。まずは出てくる少女たちに対して。ほんわかとした線で描かれた彼女たちの可愛らしさときたら、何だか悔しくなってしまうのですよ~。見た目だけじゃなくて、世界に対しての傷つきやすさ、妥協の出来なさの徹底具合が、ああ、真似出来ないなあ・・・「選ばれた」子達なんだな、これはって思わずにはいられない。だいたい私はナイーブな女の子に弱くて、ああいう感受性を思った子になりたいなあ、っていつでも思うんだけど、どんなに世界との軋轢を感じても、それをうまくごまかすなりすりぬけるなりできる術を持っちゃってる以上、大島弓子的(もしくは吉野朔実的)少女になることは出来ないわけで。そうすると、「ええい、畜生!悔しいじゃないか!」という腹立たしさが湧いてくるのですよ。屈折?(笑)



そういえばたいてい、クラスに一人二人いたなあ、こういう雰囲気を持った子。気にはなっても声なんてかけられなかったけど。



もう一つの嫉妬心は、描き手の才能そのものに対して。私が言葉にすると「閉塞感」のつまらない三文字でしか表現できないものを、彼女達はもっとずっとふくらませて、誰もが手にとって、「そうそう!これだ!」って納得できる表現に変えてしまう。それに、瞬間の心の機微を切り取る技の凄さと言ったらもう。羨ましくてしかたない。きい。







安堵感、について。どんなに悲しい終わり方に見えても、この人たちの描くストーリーにはちゃんと、救いというか、一縷の希望があるから。吉野朔実の描く少女たちは、色んなものとぶつかって傷だらけになった後、その傷跡やらぶつかって割れた場所やらから、自分の生きてく世界を見つけるか、何とかやっていく強さを獲得していくかできる。こういう終わり方も好きなんだけど、大島弓子の場合は、主人公が変わるんじゃなくて、主人公が意地悪してた世界が突然変身して(もしくは本当の正体をあらわして)、彼女たちを優しく守ってくれる場所になってくれる・・ように見える。ビターな部分はいっぱいあるのに、最終的には主人公達に優しい世界。その甘さとか都合の良さ(言葉は悪いけど)にほっとするのです。

もしかしたら、私にもこういう避難所や揺りかごみたいな場所、残されてるんじゃないかな、って、少しだけ期待してしまう。



悔しくなったりうっとりしたりほっとしたり、ややこしく感情を旋回させながら読了。次に買うのはいつだろう・・・いっぱい読みたいのはあるのに。
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スキンを春バージョンにかえてみました。今度のは時計がついてる上、ハリネズミくんたちが触ると動く。ふふふ面白い・・・。



さて、「楽しいムーミン一家」。最近、パペット版やらテレビ東京版のアニメやらを観てるうちに、一度読んでみたくなったのです。表紙からして楽しそう!ふわふわの雲の上にムーミンたちが乗ってて、お日様をあびてのんびりしてる。



読んでみての感想。

ムーミンパパ、シルクハットかぶってない(途中でちょっと帽子を被るけど、ママにやんわり似合わないと言われてがっかりしてた)!ママもエプロンつけてない!スナフキンが思ったよりもちびっこだ~!ジャコウネズミってだあれ?ヘムレンさんやスノークのお嬢さん(アニメではフローレンス)の兄が同居してる・・・???



そしてそして、私がもっとも好きなキャラクター、ミーはどこ???(出てこなかった)



アニメから入ったせいか、まずそういうことにびっくりしてしまいました。そうそう、挿絵だけ見るとね(素敵な挿絵なんだけど。とってもユーモラスで、思ってたより漫画風。)、ムーミンとスノークと、ムーミンパパとママの区別がつかないんです(笑)

そうそう、モランやニョロニョロなど、見たことしかなかったキャラクターの正体がわかってよかった。モランって冬の化身みたいなおばあさんなんだ・・・。そっかー。



それぞれがマイペースで、大人も大きな駄々っ子みたいなんだけど、それぞれがそのまま自然に受け入れられて楽しくやってることに、何だかほっとする。おおらかでいいよね。ムーミンとスノークのおじょうさんの遠慮がちな恋人の会話も、ほほえましい(ムーミン、結構細やかな気遣いしてます。紳士だ・・・)。



わくわくするエピソードもいっぱい。入れたものを思いがけないものに変身させる不思議な帽子や、大きなルビー。飛行おに、と呼ばれる魔法使いのおじいさん(これがまた、ものすごくお人よし。)。次から次へと起こる色んな不思議な出来事が、いつのまにか一つの線でつながって・・・ラストはとってもハッピーな気持ちになっちゃうのです。よかったね!ムーミン。



ムーミンシリーズは他に七冊。集めることをここに誓いましょう。ほんわか優しいアニメも良いけど、もっと素朴で、自分勝手で、にぎやかな原作のムーミンたちも大好きになっちゃった。
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