つぶやいたり、描いたり。波に攫われる前の、ほんの一瞬。
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ちくま日本文学全集シリーズ再び。まだ半分も読んでません。ここのところ本から遠ざかり気味。う~っ(号泣)



おお、面白いものですね~。かつて「地獄変」、「藪の中」とか、「芋粥」とかがあまり好印象でなかったので、この方の作品にはほとんどお目にかかったことがないのです。でも、今回最初の方に収録されてる「蜜柑」とか「トロッコ」はかなり好みの作品でした。

カメラのシャッターでぱしっと切り取ったくらいの短い場面がものすごく鮮やかな印象を以って迫ってきます。でも、同じ場面を切り取った写真があるとして、それよりも写ってるものが多いというか、はるかに空気が濃密に感じられました。「蜜柑」は、窓から放り投げられた蜜柑のシーンが、他が白黒でくすんだフィルムに、そこだけ色がついて目に焼きつくようなインパクトがあります。その印象がどの描写・表現に起因するのかわからないのですが、「上手い作家なのだなぁ」と、素直に感嘆しました(あ、偉そう)。



あ、昔魅力を感じなかった、古い時代に題材をとったも作品群も今読むとなかなか面白いかも・・・「鼻」はおかしくもあり、哀しくもあり、と色んなことを考えさせられますし、「地獄変」もクライマックスにかけての狂気の増幅にどきどきしてしまいます。まだまだ知らない作品がたくさん収録されてるみたいなので、楽しみになってきました。わくわく。
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 タイトルからもわかるように、ケストナーの子ども(少年)時代の回想が中心となった自伝です。

 これ以外の作品に比べると、内容はやや年上向け。正直なところ、わたしは他の作品のほうが好きです。



読んでて、ときどき辛くなるんだもの。本のすみずみにまで、ケストナーの溜息が込められているような印象を受ける。その溜息は、単純に「昔はよかった」という懐古的なものだけではありません(それも多分に感じますが。自分にも思い至るとこがあるだけにちょっといたたまれない気分。)。寧ろ、彼が子どもの時に吐き出した溜息、周囲の人間の苦しみや痛みを感じたときの溜息のほうがずっと多い。母親、父親、伯父とその家族、厳しかった学校の先生の孤独や歪みを、幼いケストナーの感受性は強く受け取っています。そう、子供はあなどれない。経験しなければ痛みがわからないわけじゃないもんね。

 

 我が子だけに並々ならぬ愛情を捧げ、彼のためならどんな苦労も厭わなかった母親。この母親に対し、ケストナーも同じぐらい大きな愛情を抱いている。でも、それだけ母親を愛しながら、本当にかすかながらその重さを負担に感じていたのではないかと思わせる部分がちょくちょく顔を出します。客観的に見て、私にはこの母親の愛が(訳者高橋さんの言うような)「素晴らしい」ものというより、半ば呪縛に近いものに思えます(え?ひねくれてる?)。クリスマスの思い出のシーン、プレゼントの開け方で父と母の間に立って気を遣わねばならなかったところなどは、苦しくて読み飛ばそうかと思うほど。ケストナーも一人っ子だったんだ・・・わかるよ・・・、その時の気持ちは。

 心の底から愛しているのが我が子だけだったことからくる母親の孤独も、どかか悲しみを誘います。第十一章「子供にも心痛がある」なんてもう・・・(沈)おかーさーん、ちょっと・・・。



 母親に関する部分があまりに重い反動なのか、数少ない父親の描写にはほっとします。どちらをより愛していたかと言われれば、ケストナーは母親だと答えるかもしれません。でも、腕は立つ職人だけれども生活する上での要領がわるかった父親、度重なる不運にも忍耐の微笑をもって耐えた父親の姿を描く筆には、大きな尊敬と愛情、優しさがこもっていました。この部分で、救われた気がする。



うーん、ちょっとしんどかった。でも、これを読むと、幾つもの名作が生まれたのも頷けます。
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 児童文学に入れるかどうか迷いました。



 またか、という感じですが表紙が可愛いです。そして挿絵も美しい。岩波文庫のアンデルセンシリーズは。全て同じ表紙で統一してあるみたいですね。この「アンデルセン童話集」は、なんと全七巻!そんなにいっぱいお話があったのか・・・。



小さい頃ものすごく好きだった「小さいイーダの花」と、「しっかり者の錫の兵隊」が収録されていて嬉しい!どちらも悲しいお話なんですが、悲しい場面の表現がとても繊細で綺麗なの・・・それにラストにものすごく余韻があるのです。

 錫の兵隊さんのお話は、幾多の苦難を乗り越えてやっとハッピーエンド?というところで、兵隊さん(錫で出来た人形)が火にくべられて溶けて燃えてしまうという残酷な結末なのですが、最後に彼の心臓のようなハート型だけが燃え残っているのです。それは救いなのかそれとも逆なのか、わからないのだけど。最初に読んだ時はしばらくこのお話ばかり読み返してました。

 「小さいイーダの花」は、これまた昔いわさきちひろの絵本になったものを読んで、大好きになったのです。花の舞踏会のところは、想像すると目が眩むようです。でも、やっぱり印象に強く残ってるのは、ラストシーン。花のお弔いをするのですが、そのシーンがなんとも言えず良いのです。絵になる場面だなあ、と思う。



 その他、初めて読んだ「ヒナギク」や「パラダイスの園」もとても美しい(でもなんだか悲しい)お話だったし、人魚姫のラストには知らないエピソードがあるのにもびっくり。泡になって終わりじゃなかったのか・・・。

 

 全体に、描写が繊細で美しく、儚げなお話が多くて(残酷な結末もあるんだけど、その残酷さがグロテスクに向かわないと言うか・・・)、そこがグリムと比べて好きだな~なんて思ってたんですが、グリムみたいなダークな話、ないわけじゃないのですね。一番最初に入ってる話「火打箱」だけは、思わず「こ・・・こんなのアンデルセンだと思いたくない(涙)」とショックを受けてしまいました。だって主人公の兵隊さん、いくら相手が魔法使いでも、自分に利益をもたらしてくれた人の首を刎ねて(それも何の危害も加えられてないのに!)、その人の魔法の火打石を取り上げて、終いにはお姫様を貰っちゃうんですよ。それも、王様とお妃を「こなごなにくだいて」しまうんですってば。ちょっと!それでいいのか!お姫様は自分の両親が惨殺されたのに、あっさり兵隊さんの奥様になって、「それがまんざらいやでもありませんでした」・・・ってどういうことだ~!ううう。こんなことにいちいち拘るあたり、もう駄目な大人って気もしないではないですが。



あ、でもこの「火打箱」、出てくる犬の怪物三匹はちょっとおもしろい。なにせ、目玉が「茶碗くらいの大きさ」「水車くらいの大きさ」「円塔くらいの大きさ」をしてるのですから。どんな犬だ~。



残り六巻分、揃えたいです。
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 シリーズの中で、最も壮大なテーマを持っていると思われる、「さいはての島」。ゆっくり読まないと、時々言わんとすることがわからなくなります。一通り読んだ今でも、自信がない。



 アースシーの世界に異変が。魔法使いは魔法を、職人はその技を失う。ものの「名前」が失われ、世界は衰退に向かっています。それは、生と死の世界を自在に行き来することの出来る者が出現したため。ゲドと若い王子、アレンは彼を捜して苦しい旅に出、様々人間に逢いますが・・・。



 衰退していく世界で、ゲドもまたその影響を受けているかのように衰えを見せています(精神力は相変わらずですが)。この「さいはての島」では、前二作に増してスケールの大きな、そして更に普遍的なテーマが語られています。一人の人間の心の中の戦い、そして精神的な成長という側面はやはり若者アレンの苦しみの中に見られますが、それよりも大きくクローズアップされるのは、生と死の世界の持つ意味、死ぬことと名前を失うこと(「自分」の本質を失うこと)の大きな違い、「何者でもない」ことの圧倒的な恐ろしさ、悲しみ・・・など。命から次の命への何らかの継承というのも重大なテーマかな?と思ったんだけど、自信ないなあ。ああ、うまく説明できない。キャパシティ不足。



 ここからは「なんとなく」感じたことを拙い言葉のままに。

 ゲド、って一人の確固とした輪郭を持った生身の人間ではないような気がしてきた。寧ろ、沢山の人間の「生きていく」上で通るべきステージ(学ぶこと・誰かに指針を与えること・自分の持っているものを次の世代に伝えていくこと・・等)の大事な部分を抽出して出来た「生き方」の一つの見本のようだ。同時に、矛盾してるみたいだけど、「いのち」が形をとるなら、こんなものなのかもしれないという気もする。

 彼にとって、「魔法」って何だったのだろう。ゲドは物語の最後、戦いの後で魔法を失うのだけど、それは他の魔法使いが魔法を失い、自分が何者であるかわからなくなった状態はとは明らかに違うものだ。彼は最後まで、自分が何者であるかよく知っている。その自信だけは決して揺るがないものだ。魔法の力は、彼の本質に属するものではなかったのだろうか。それとも、「ゲド」という人間は死の国で「影」として死に、その後の彼は、別な人間として生きたのだろうか?「名前」と魔法は切っても切れないものだと思っていたのだけど、最後まで読むと単純にそういうものでもないということはわかった。でも・・・じゃ、どういう関係にあるのかな。まだよくわからない・・・一度読んだだけでは。だから、これから先きっと何度も読み返すだろうという予感がする。



あ~、読んだ~!という、すがすがしい疲労感。でも、これ三部で綺麗に纏まってるんだけど・・・続くんだよね。四部はフェミニズムがテーマで賛否両論かぁ、やっぱり新たなテーマを入れないと続かないよなあ。仕方ない、というか当然の結果だよね。うーん。でも、楽しみ。どんな世界になるのかなあ。
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 「文章読本」が面白かったので、これもその手の本だろうと期待して読みました・・・が。うーん、好きな方には申し訳ないのですが、この本、私にはこれっぽっちの興味も持てませんでした。小説の方なら読めたかなあ。

  

 内容はですね、モームが傑作だ、読んで損はないと思う作品の批評紹介をしてるというものです。デフォー、エミリー=ブロンテ、トルストイ、バルザック、フローベール・・・などなど、英文学、ヨーロッパ文学の名作が色々出てきます。この中で紹介されてる作品、ただの一篇たりとも読んでないよ、私。だからでしょうか、書いてある批評に「ほー、へえー、そー。」というくらいの感想しか抱けなくて・・・。だって、その批評が正しいのかどうかなんて、ストーリーすらわからないんだから何とも言いようがない。せめて引用くらいしてほしい(涙)英米文学に詳しい人なら、うんうんと頷きながら読んだのかもしれません。とりあえず、これを読んだからといって、そこに載ってた作品が読んでみたくなると言うことはありませんでしたが・・・。

 気のない感想ですみません・・・小説・児童文学以外の本になると、突如日記が冷淡になるよね、私・・・(--)
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 大学の図書館にもあるとは!偉いぞ!

・・・でも、出来れば蔵書のカバーを剥がして保管するの、やめてほしい。新品だよ!?何か無残です。剥がされてゴミ箱に放り込まれてるのを想像すると嫌な感じだ~(涙)カバー、綺麗なの一杯あるのにさ。



 ゲド戦記、馬鹿馬鹿しい言いようですが、今読む気になったのは私の中の問題と本が引き合ったからだと思わずには居られません。それくらい、こっちの心とリンクするような言葉がたくさん出てくる。たとえば、これ。

「彼女が今知り始めていたのは、自由の重さだった。自由は、それを担おうとする者にとって、実に重い荷物である。勝手のわからない大きな荷物である。それは、決して気楽なものではない。自由は、与えられるものではなくて、選択すべきものであり、しかもその選択は、必ずしも容易ではないのだ。坂道をのぼった先に光があることはわかっていても、重い荷を負った旅人は、ついにその坂道をのぼりきれずに終わるかもしれない。」



 特に坂道云々のくだりでは、しばし読むのをやめて、しばらくの間暗澹たる気持ちになってしまった。でも、その重い荷は捨てるにはあまりにも大切なものだから、のぼっていくしかないのだけど。



この「こわれた腕輪」でも、「影との戦い」と同じく、重苦しく、静かに戦いが繰り広げられる。決して「戦記」という言葉から想像されるような場面、壮絶である意味華やかな戦いのシーンなんて出てこない。だから、戦いの物語、というより、内なる葛藤の物語のようにすら思えるときがある。だけど、静かなトーンで描かれてるからこそ、こんなに心の深い部分まで刻み付けられるものがあるんだろうなあ。



うーん、感想を的確に書くのが難しいです。
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 再び、名探偵カッレ君シリーズ。今回のは、サスペンス映画にでもなりそうな展開ですね~。武器の開発に関わっている(?)教授とその息子、ラスムス(!)が誘拐され、それを助けるのがおなじみの三人組。なかなか脱出計画もうまくいかないし、悪者の主犯格はほんとに冷酷なやつだしと、ストーリーはなかなか緊張感があります。

 ラスムス君、可愛いんだけど、こんなにわがままで(いや、ちっちゃな子供だからしょうがないんだけど)ここ一番に余計なことばかり喋っちゃう子、私なら我慢の糸が「ぶち」!ですわ(汗)カッレやオスカルの気持ちの方がわかるよ・・・。エーダロッタは母性本能旺盛だなあ。前回読んだお話からちょっと月日がたってるのもあって、ちょっぴり女の子らしくなってるのですな。それがカッレ君たちにはちょっぴり気に入らなかったりします。(本当言うと、私もエーダロッタにはわんぱく少女のままでいて欲しいかも。)そうは言っても、ここぞというときものすごい勇敢なのは、この子なんですけどね(母の愛!って感じです)。

ともかく、この作品もどんどん読み進められました(^^)カッレ君シリーズはもう一作借りてるので、そっちも楽しみです♪
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 このちくま日本文学全集シリーズ、全50冊の作家別短編中編集ですが、とても洒落た本だなあ、と思います。何せ、全巻表紙が安野光雅の絵なのですよ!筑摩の本は安野さんの表紙のが多くて好きだ~。背表紙や裏表紙も、古ぼけた布のように見える装丁になってて、ちょっぴり外国の本を読んでるような気分になります。文庫本が分厚くなったような本で、電車に乗るときも持っていけるし。ただ、カバーかかりにくいし、すぐ傷んじゃうのが難点と言えば難点・・・(^^;)





 それはともかく、中島敦という作家さん。名前しか聞いたことがないや・・・と思って読み始めてすぐに、びっくり。二つ目のお話、私が何かで読んで、ものすごく気に入った話だ!その名も「山月記」。

 そうか、中島敦と言う人の作品だったのか~。また読んでみたいと思いつつタイトルもわからなくなっていたので、とてもうれしい出会いでした。普段私が好むような装飾的な文体じゃないのに、(でも漢語がたくさん出てくるからか、引き締まった印象。)写真のように映像が浮かぶ。とても幻想的で、もの悲しさがじわーっと広がっていくようなお話。中でもひとしお胸にこたえたのは、虎に変身してしまった李徴の言葉。

「己の珠に非ざることを惧れるが故に、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することもできなかった。(中略)人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。」

うう、涙でそう。前に読んだ時は、クライマックス、月に向かって咆哮する虎の面影があまりにも悲しく心に焼き付いていて、全くこの言葉について思うところはなかったのだけど、今読むとそのシーンをしのぐ勢いで、この台詞が付き刺さってきます。



 他の作品もものすごく面白かった。エジプトを舞台にした「木乃伊」(これ、澁澤龍彦の何かの作品に似てる気がする。)や、書物の精霊に復讐される「文字禍」などもわくわくして読んだのだけど、やはり一番面白いのは、「名人伝」「弟子」「李陵」などの中国ものだと思います。私これまで孔子や中国の歴史が題材のお話って、全く興味がもてなかったのに(すみません)、これはどんどん頁をめくっておりました。あー、いい旅をした。
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読みにくい本だったのだけど、本から目が離せなくなってしまった。



 前々から、ずっと読んでみたいと思っていた「ゲド戦記」シリーズの第一巻。読むなら今しかない、と図書館で借りてきました。始め三章くらいは、ファンタジーの世界に慣れなくて苦戦!人の教えを聞かず、自分の能力を過大評価するゲドが傲慢な人間だと思えて、全く好感が持てなかったのも苦戦の理由の一つかもしれません。



 でも、そこからが面白かった。ストーリーの展開に意表を付かれました。この「影との戦い」は、ドラゴンとか世界を滅ぼす悪い敵と戦うのではなく、自分を見つめ、それを乗り越えていくという自己内部での戦い(こう言っちゃうと身も蓋もないなあ)が主だったせいか、ものすごく孤独な感じがします(でもそれが魅力・・・)。仲間がたくさん出てきて、協力して・・・という、これまで読んできた作品とは全然違うんだ(や、そういうのも好きですが)。勿論、助言を与えてくれる師も登場するし、後半は友達も協力してくれるのですが、結局「影」と戦わなければならないのは、憎しみや驕りからそれを呼んでしまった主人公「ゲド」本人。あくまで、たったひとりの戦いなのです。陳腐な言い方になってしまうけど、生きるということを冒険譚にしたら、こんな感じかもしれません。

ストーリーのせいか、思い浮かぶ映像の色も暗く静かです。黒と暗い赤(朱色)と、夜空の深い緑色だけで描く絵。



 「見た目」と「本質」(?)の関係についての考え方もものすごく面白い。ゲドが隼に変身した後、その隼の身体の性質にひっぱられ、人間としての自分を失いそうになる場面に、非常に興味を持ちました。哲学的なテーマだなあ。半分も理解してないかもしれないが。

 あと、本当の名前を知れば(通常の呼び名と別に、真の名、というのがある。)相手を縛り、魔法を掛けられるようになる、というのを読んで、このテーマって他の本にも現れるよなあ、西遊記のキンカクギンカクとか・・・と思ってしまった。全然違う場所で同じような発想が出てくるのって、不思議。



続きも借りてきておくんだった。
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 これもIちゃんから借りた本。こういう古い本がちゃんと取っておかれている環境っていいなあ、と思う。古い本好き~♪

 

 収録作品は、「さすらいの孤児ラスムス」「名探偵カッレくん」。孤児院から逃げ出して、優しいさすらい人のおじさんをひたすら慕うラスムスもとても可愛いけど、私のより好きなお話はカッレ君のほう。カッレ君と親友がひそかに「お嫁さんにしよう」と思っている(笑・だって十三歳だよ)女の子ロッタがとても魅力的なキャラクター。勇敢で、賢くて・・・と、なかなか万能お嬢さんです。だからカッレ君たちは「かわいいなあ・・・」と思うだけでなく、「あいつすごい奴だよな」という感じで彼女に一目置いてるのです。

 もちろんカッレ君も素敵な子。探偵活動をやりながら、ちゃんと悪友達との戦争ごっこを楽しんだり、と、あちこちに「背伸びしてるけどやっぱり子供なんだよなあ、かわいいなあ」と思わせる部分が出てきます。あと、頭の中で、空想上の(自分の)崇拝者と会話してる(それもシャーロック=ホームズを真似たような口調で!)ところなんか、何となく自分の子供時代を思い出しておかしくなってしまう。



読んでない児童書いっぱいあるなあ。損してるわ(><)
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 人は変わるものだ。変わりたいなんて思わなくても。



・・・と、読んでて思いました。この本を前に読んだのは中学校。この時期の私は、ばななさんのどの作品からも、ある感情を呼び覚まされていた。ばななさんの本があれば、他の作家は読まなくてもいいや、という時期でした。



でも、今読んでみて、どうしてその時の私がばなな作品から「それ」を呼び覚まされたのか、全くわからなくなってしまったことに愕然としています。あんなに好きだったのに、と思うことは悲しい。もちろん、今だって楽しく読めたし、好きな言葉に心を動かされることもあるのだけど、それよりも、私の中で大きくなってしまったのは、違和感。



何かが、しっくりこない。何だろう何だろう、と思って、この短編集をどんどん読み進めて、半分くらいでああ、と思いました。

 すごく、「過剰な」感じがするのです。

物語のシュチュエーションといい、主人公達の独白といい。行間から読む、というのではなくて、びっしりとキャラクターの感情やテーマが書き込まれてて、それが一方的に迫ってくる感じ。それが、今の私にはちょっと息苦しいんだ。



一等好きなものをいつまでも好きでいられないのは、ほんとに悲しい。成長でなく、感受性の枯渇によってそうなってるんじゃないかと思うときは余計。でも、一番好き、ではなくなってしまったけど、ばななさんの作品はこれから先も読み直すんだろうな。この違和感を越えた先に、また何か感じるものがあればいいな、と思いました。



(今日の、読書日記ぽくないなあ。ストーリーに触れてない。)
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 児童文学ラッシュ。ケストナー中毒。



これ、大好きです!こういうのもあるんだ~。いつもの教訓めいたところが薄くて、奇想天外な空想物語。のっけから馬がいきなり口をきき、誰もそれに動揺しないところで「いいぞいいぞ」・・・と引き込まれました。この馬が面白いのです。スケートが出来て、教養もあるという馬くん(だから、物語の終わり近くになって、この馬がただの馬になることを選んだのはちょっぴり淋しい。)。そして、南洋にいくのにタンスを通っていくというのもまた楽しい。ちっちゃい頃読んだらもっと夢中になってただろうな。



映像が浮かびやすい物語です。絵が描きたくなる。最もお気に入りのシーンは、「なまけものの国」で、雨が降ってきたら地面からいっぱい傘が生えてくる!というシーン。頭の中はもう、きのこのような傘の林です。いい夢が見られそうな本だわ~。かなりオススメ。
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・・・あれ?この本携帯から更新したはずなのに。おかしいなあ。

 この本が社会学に入る、というのは我ながら「何か違わない?」なのですが、岩波現代文庫では「社会」に分類されてるので、一応。

 

 内容は、タイトルどおり、色んな本の読み方、選び方についてのアドバイス。でも、いかに読まないか、というアドバイスもあったりします。内容は、特に前半部分については「これは中学高校で読むと一番役に立ったかな~」というものでした。それもそのはず、元々、この本が最初に書かれた四十数年前、高校生が対象とされていたみたいです。今の高校生が読んでもきっと実り多いと思う。でも、私は高校時代この本をそういう理由ですすめられて、反発して読まなかったんだけど(汗)



 筆者の方の読書量、吸収欲といったらものすごいものがあります。だからこそ、この本のアドバイスは説得力があるのですが。外国の本の読み方についての章が一番参考になったかな。・・・チャレンジしてみるかどうかは、まあ、別ですが・・・ははは。



 一つ、感情的に「どうもそれは受け入れられない」というところも。この本、読んでもない本を読んだといったり、中途半端な知識をひけらかす「スノビズム」が肯定されてるのです。え~。筆者さんの言うところによると、スノビズムの対極にあるのは「どーせ私は馬鹿ですとも」というような「ドーセバカイズム」(笑)で、これに比べたらまだ、スノビズムは得るものもあるらしいのです・・・が。どーせ馬鹿ですよ、と開き直るのもどうかと思いますが、知らないことは知らない、って言えて、素直に知ってる人に聞くとか、そこから改めて本を読んでみる人が一番ではないか・・・と。それって別に恥じゃないしさ。「読まない本を読んだふりをしているうちに、ほんとうに読む機会も増えてくるのです」と言うけれど、それってほんとにごく少数の場合じゃないのかなあ。スノッブの人なんて、多くの場合そこ止まりになってない?

うーん、言いきりすぎ?
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Iちゃんに貸して貰ったリンドグレーンの本。リンドグレーンという人は、ほんとに色んな作風のものを書いてるなあ・・・これはやんちゃで向こうみずな(勇気がある、とも言います)男の子ラスムス君と、その親友ポントゥスのちょっとした冒険のお話。やかまし村のこどもたちや、ピッピの友達のようにおっとりした子供ではなくて、結構荒っぽくて、感情的になりやすい子たち。でも生き生きしてて、思わず引き込まれる。こんなに色んなこどもが描けるって、すごいことだ・・。



訳が大塚勇三じゃない作品は始めて読んだのですが、とってもかちっとした「男らしい」印象の訳です。ですます調じゃないしね。でもそれが、主人公ラスムス君の性格や行動・冒険ストーリーにぴたっとはまります。



泥棒の奇術師がとてもユーモラス。つかまって観念した後、ラスムスの髪型に文句をつけてるところが、妙におかしくて仕方ない。そして、少年二人からみた思春期のおねえちゃんの恋、というのがまたおかしくて。お姉ちゃんが幸せなのは嬉しいけど、オンナってばかだな、ああはなりたくないな、という態度がとても魅力的でした。いいよなー、男の子のそういうとこってさ。ほんとに、そういう年頃にならなくて済めばいいのにな~(・・・なにをしみじみ)。
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うーむ、面白いよと貸してもらった本ですが、あんまり関心がもてないせいか、退屈・・・。



この時代の戦いとか生活がドラマ仕立てになってるのかな~、と、勝手に思い込んでたのがいけないのです。見事なカンチガイ!中心には経済関係のことが据えられているんですが、その部分がピンと来ないのです。ふーんそう・・・止まり。ダメだダメだ、こんな頭(汗)

あっけにとられるのは、第七章に書かれていた「ローマ人の悪徳・不正・贅沢・・・」についての部分。美食にまつわる奴隷の扱いの辺りは、胸が悪くなります。だいたい、味覚だけ楽しむために吐くことを繰り返すなんて、許せん・・・。いったいどれだけ貪欲なんだ~!!!この一章だけで、ローマ帝国に対するイメージは地に落ちました(何もそこまで・・・)。それにしても、この興味の偏り、何とかならないものか・・。



 ここまでは、三四章のこして書いた感想。すみません、残りの部分は結構興味深く読みました。タキトゥスという人はなかなか公正な目を持った人だったのね・・・尊敬する義父のことも、はっきり断罪している。ちょっと読んでみたくなりました。

しかし、この時代の女性の扱いたるや最悪ですな。こんな時代に生まれなくてよかった。でも、ローマ時代の文献に出てくる、女の子を非難する一方、自分の行動は不問ってタイプ、現代でもいなくなったわけじゃなさそうですね。

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ふっふっふ、楽しかった。爽快感のある物語。



「三人のふたご」という、「?」なタイトルがまずひきつけます。読んで納得、ああ、こういうことね・・・。



岩波のケストナー少年文学全集は、挿絵も楽しいのです。単純な線で、しかもほのぼのした印象の絵なの。この絵を見るのも楽しみの一つ。描いたのはトリアーという人ですが、児童文学の挿絵の中では、星の王子様、プーさんなどの挿絵と同じくらい好きです。



好きだなあ、少年活劇もの。男の子になりたーい!「飛ぶ教室」でも思ったけど、読んでるこどもたちが、どの子にかは自分を重ねて冒険できるように描かれてる。どの子も持ち味にあわせて活躍シーンが与えられてて。そういうところ、ケストナーの優しさなのかも。

今回の作品では、賢くてシニカルな博士、わんぱくもののグスタフ君、ちびの火曜日くんに肩入れして読んでました。や、エーミールも素敵な子ですが、私は完璧なよいこじゃなくて特徴の顕著なキャラクターの方が好きなので。あと、おばあさんがエーミールを諭す場面がとてもいいなあ、と思う。大人として話をしてる。このおばあさん、素敵だな~。茶目っ気も忘れないけど、長い年月を上手に重ねてきた人、という感じのお年寄です。こう老いることができたらどんなにいいだろう、と思う。
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 上野千鶴子さん、と聞くと、「あ~フェミニズムの旗手って言われてる人ね」と・・・それだけで敬遠してました。フェミニズム、というと、某テレビによく出てくる感情的な女教授(教授だったよね?)のヒステリーしか想像できなかったので、「まぁた被害者意識まるだしの男性批判が展開されるのかね」と思って読み始めたのです。すみません、読まず嫌いで。

・・・面白かった。ものすごく頭の切れる人だな~という印象。辛口だけどクールに、女性雑誌からインテリア、トレンドや「一般大衆」という言葉についての話がちりばめられてて目から鱗がぼろぼろこぼれ落ちました。中でも、「差異」のバランスについての話がおもしろかったです。そっか、社会学ってこういうことを学ぶのか。こんな話題にも社会学は潜んでいるんだなあ・・・としみじみ。ときどき自分もばっさり切りつけられるような気がするのに、全然不愉快じゃなかったです。この人の、他のも読んでみようかな。



 それにしても、こういうの読むと何ともいえない無力感を感じます(苦笑)。何でかというと、一方的に話に感心するしかない自分を感じるから。もともとこういう系統のものを避けてきたために、「道具」が圧倒的に不足してるのを痛感します。批判の眼も育ってないし、そこから自分の意見も組み立てられないのですな、まだ。あと、これはこのジャンルの本に限らず、小説でもそうなんだけど、読んでるだけで机から動かないから、自分が何も変わってないような気がしてしまう。現実との接点がないというか・・・ちょっと焦るなあ。
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やっと・・・やっと終わりました。ええと・・感想。



誰か私に内容説明してください。わかりやすく。



この一言に尽きます。前二冊に比べると難解すぎて退屈しました。今の私じゃさっぱり歯が立ちません。しくしく・・・もう文字を追ってただけという感じ。この巻の最初に、「この天堂編は難しいから、生半可なことじゃついて来れませんよ」とか何とかダンテ本人が読者に向けて言ってるところがあるのです。最初は「なにを~!理解してやるともさ」と鼻息も荒く読み始めたんですが、完敗。くやしい~(涙)



あと二十年ほどしたら、もいっかいチャレンジします。うう・・・。
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 前日の偕成社版と比較。こちらの方が子供に読みやすい文章になっていました。挿絵もかなり子供向けな印象です。

 衝撃的だったのは、ヨナタンがジョーニーと呼ばれていたこと。え、ジョーニー?ヨーニーじゃなくて?一字違いでえらい違いだ。当然私は「ヨーニー」読みのほうが好きです。

 

 偕成社版では出てこないシーンが、気付いただけでも二つありました。校長先生を「毎年同じことばかり言ってる」と馬鹿にするシーン、それからゼバスチアンがウリーの事故に関してちょっと自分の弱さを吐露するシーン。後者はゼバスチアンの人間性を立体的にしてて、ただのシニカルな子じゃないということを読者に伝える大切なシーンなのに、偕成社版で削られてたのはなぜだろう。この場面によって彼に対する好感がかなりアップしましたよ、私・・・。一番生身の感じがする子だ。



うーん、何度読んでも飽きないなあ。そのうち岩波の全集版も読んでみようかな(まだ読むのか)。
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 映画の一場面が表紙になっているバージョン。買わずにおれません(笑)



 原作を読まず映画を見てたせいか、結構びっくりしました。話や設定がずいぶん違うんだなあ・・・。私はあれで大満足だけれど、主人公マルティンに肩入れしてた人はやや物足りなかったかもしれないですね。

 マルティン、びっくりするようないい子です。ケストナーらしい造形の子だわ。完璧すぎ?と思わないでもなかったです(可愛いんだけどね。ほろりとするし)。でも、原作は原作でまた違った魅力がありました。作者がお話の始めと終わりに顔を出している場面の描写は綺麗だな~と思いましたし、禁煙先生が、正義先生に学校に勤めないかと誘われた時の台詞もなかなかいいのです。ウリーとマッツの仲良し場面も多いしね(そこか・・・)。病室に忍び込む場面とか、ほほえましいな~。



 ちょっと言葉が古めかしくて、子供にはすっと入ってこない文体かな、と思うところもあるんだけど、この品のいい喋り方は残して欲しいな・・・と思います。また新しい方の新訳が出ると聞いたので。

 さて、次は山口四郎訳にチャレンジです。違う違うと聞くけど、そんなに違うのか?
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 何度読んでも読み落としがあることにちょっぴり愕然とする、「尾崎翠集成」。ん~、でもやっぱり好きだな、卒論がらみで悩まされた(ている、か)とは言え。お気に入りは「第七官界彷徨」と、そのパラレルワールドともいえる「歩行」「地下室アントンの一夜」です。私、この小説のどこに惹かれたのかなあ、やっぱり「地下室」とか、「屋根裏」、ちょっと変わった個室という空間への憧れが大きいのかな、と思ってたんですが、今日ようやくわかった気がします。

 登場人物たちの「身体」の存在感がすごく希薄なところ、と言うより軽やかなところが好きなんだ。主人公が女の子、だと、どうしてもある種の重み、言い方は悪いけれど下半身的なものから完全には逃げられてないと思うのです、多くの作品において。でも「第七官界彷徨」はそういう重さから解放されている気がする。あえて排除してあるんじゃなくて、そういうとこからするっと抜けている、というか。

 

 主役の子の扱われ方が(私にとって)理想的だっていうのも大きいかもしれません。出てくる男の人、とくに彼女の兄弟や従兄がね、彼女をぎゅっとだきしめて守ってるんじゃなくて、でもよそよそしいっていうのとも違って、すこし距離をもちつつ年下の妹を監督している、その安心感が何よりほっとする雰囲気を作り上げているのです。イメージ的に、男の人みんなでシャボン玉を抱えてて、そのなかに女の子(主人公)がいる、という感じかな。それも根っこの部分で。決して年齢的には幼くない主人公なのに(たぶん、16.7か、それより上、じゃないのかなあ・・)、彼女の心理状況には小さな子供の安心感がある気がします。「女の子」という言葉の「子」にアクセントをおいた扱われ方、いいなあって思う。一生そういう家の、そういう位置にいたいと言ったら、笑われるでしょうか。
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 う、うああ・・・本が読みたい!続きが読みたい!



只今禁断症状です。読みかけの本を封印して、卒論関係の文献を読み直してるから。もういい、当分尾崎翠関連の本には触れたくない(涙)



・・・ということも言ってられないので、今は本お預けです。とりあえず、読みかけなのは「神曲」(下)と、「飛ぶ教室」(偕成社板・青い鳥文庫版)の三冊。「神曲」は上中編に比べると興味が衰えました。したがってスピードも落ちる。あと十数曲分もある・・・疲れた。

「飛ぶ教室」・・・は、日記にあるように映画への情熱が高じてついに手を伸ばしてしまいました。高橋健二訳のと、山口四郎訳を比べてみたくなったのです。まだどちらもぱらぱらですが、うーん、古めかしいけど高橋訳の台詞の方が好みかなあ、今のところは。ところで、片方にあってもう片方にないエピソードがあるのはなぜなんだろう。それも結構重要なエピソード。ダイジェスト版なのかなあ、偕成社のは。ちょっと首を捻ってます。
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わたしのこと

ネコノ

Author:ネコノ
こんにちは。ここは、管理人nekonoが日々の空想を絵にしたり、なにやらぽそぽそと呟いたりするページです。
のんびりしていってね。

上のブログタイトルクリックで、最新記事七件が出ます。

コメントのお返事は、基本的に遅れがちになります。そして管理人の調子に合わせて時々閉じます。ごめんなさい。
(だいたい週明けにまとめてお返事になるかも)


本館イラストサイト。量だけはたくさんあるのです。
「hidden place」↓

リンクフリーです。でも教えてくれると、なお嬉しいです。

こそりと、お仕事のご依頼も受け付けています。
作品傾向は、こちらの部屋に置いてある絵のような感じです。

nekono14☆yahoo.co.jpまで、お気軽にお申し付けくださいませ。(☆は@に変更してください)



↓なう・りすにんぐなもの↓



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